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環境安全保障会議における雨宮大使スピーチ
(2011年4月28日(木)10:00-,於:中央大学図書館)
フルンズリカ・ジョージ・C・マーシャル協会ルーマニア支部長,
ご列席の皆様、
1 冒頭挨拶
本日,「環境安全保障会議」の開催に際し,ここ由緒ある中央大学図書館に於いてお話する機会を得たことは、光栄であります。ルーマニア側関係者の皆様に感謝いたします。
ご承知のとおり,3月11日,我が国は未曾有の大災害に見舞われました。マグニチュード9の東北地方太平洋沖地震は,津波と原子力発電所事故を同時に発生させる戦後最大の東日本大震災となりました。大震災から一ヶ月以上が経ちましたが,死者は1万4千人を超え,未だに1万2千人近くが行方不明であり,17万人以上の方々が今も避難生活を強いられています。
大震災からの一ヶ月間は,日本にとって極めて厳しい期間でした。しかし,同時に,日本は世界と共にあることを,改めて実感し,感謝する期間となりました。
これまで140以上の国・地域,40近い国際機関,数多くの非政府組織,そして世界中の方々からお見舞いをいただき,さらには義捐金などを通じて支援と連帯を示していただきました。
ここルーマニアにおきましても,ルーマニア政府からの支援はもとより,ルーマニア赤十字社による被災者に対する義捐金受付のキャンペーンを実施して頂き,また,多くの一般のルーマニア人から温かなお見舞いの言葉や支援メッセージを頂き,さらに,ルーマニアの各地において,子供達による絵画展や東日本大震災犠牲者追悼コンサート等の各種日本支援行事を実施して頂き,心から感謝を申し上げます。
2 日本人と自然災害
日本は世界有数の「自然災害国」です。地震は時に津波を伴い,台風は集中豪雨を伴い毎年のように観測されてきました。また,火山活動も盛んで日本人に試練を与えてきました。
近代化以降の日本にとっての最大の災害は1923年の「関東大震災」です。首都東京を襲い,死者行方不明者約14万3千人,家屋焼失約45万戸という大災害でした。この困難に当たり,時の内務大臣後藤新平は「帝都復興院総裁」を兼務し,震災復興計画を立案しました。大規模な区画整理と公園・幹線道路整備を伴うもので,当時の国家予算の50%近くの巨額を要するものでした。現在の東京の幹線道路網の大きな部分は後藤に負っており,彼の先見性は今日でも高く評価されています。
また,記憶の新しいところでは,1995年の「阪神淡路大震災」があります。死者行方不明者約6千5百人,家屋の全半壊約25万件,被害総額は10兆円にのぼり,高架高速道路が倒壊し,インフラが寸断されました。政府は対策本部を設置し,復興計画を策定・実施した結果,被災地全体として,人口,産業,観光客数,有効求人倍率数等の経済指標は概ね震災前水準までに回復しました。
このように,日本は過去いく度もの困難に遭いながら,これを克服し,創造的な復活を果たしてきた歴史,伝統を有します。
日本は古来自然に恵まれてきました。気候は温暖湿潤で,国土は緑に覆われ水が豊富でした。また,周囲は海で囲まれ,人々は穀物,魚介型の食文化を形成してきました。自然は人間が支配するものではなく,恵みを与えてくれる信仰の対象でした。
他方,島国日本では異民族による殺戮は歴史上ほとんどありませんでしたが,自然災害による人命の喪失は何度も繰り返されました。自然は畏怖すべき対象でもあり,後に残された人々は互いに協力し,自然との折り合いをつけながら生きていくことが必要でした。今回の震災で,多くの避難者が厳しい生活環境にあるにも関わらず,争わず,互いに助け合い,分け合うことが自然な行為としてできているのは,このような伝統日本精神がなお息づいている証と思われます。
3 原発の現状と見通し
福島第一原子力発電所における事故については大変遺憾に思っております。今,一日も早い事態の収束に向け最優先で取り組んでいます。だからこそ,原子力発電所事故がもたらす危険と戦うべく,国内のみならず各国政府,国際機関,企業,専門家の助言と協力を得て,総力を挙げて対処しています。
4月12日,我が国は,福島第一原発事故が国際原子力事象評価尺度(INES)のレベル7に相当すると判断し,これを公表しました。この変更は,放射性物資の総放出量を推定するためのデータが集まったため,計算した結果を国際基準に従い評価した結果であり,現在,福島第一原発の状況が悪化しているためでは全くありません。
福島第一原発事故は,チェルノブイリ原発事故とは,原因も態様も異なっています。第一に,チェルノブイリでは原子炉そのものが爆発したのに対し,福島第一原発事故では,原子炉は自動停止し,大規模な火災は発生しておらず,放射性物資の放出も限定的です。IAEAも,この点に言及し,双方は異なるとしています。第二に,放出された放射性物資の総量は現時点でチェルノブイリ事故よりはるかに少ないと試算されています。第三に,福島第一原発事故では放射線障害で亡くなった方はいません。
なお,国際民間航空機関(ICAO),国際海事機関(IMO)や世界保健機関(WHO)などの関係国際機関は,渡航制限等の過度な対応は必要ないとする客観的な評価を行っています。
4月17日,東京電力が福島第一原発における事態の収束に向けた道筋を示す「福島第一原子力発電所・事故の収束に向けた道筋」を発表しました。日本政府としては,東京電力からこの道筋が示されたことは大事な一歩であると考えています。これを契機にこれまでの応急措置の段階から,しっかりした道筋の下で計画的に事態の収拾を目指す計画的安定的な段階に移行したいと考えています。
今回の知見と経験を国際社会と共有し,原子力に関する安全の強化に貢献したいと思っています。
4 自衛隊や米軍の活躍
今回の震災では,自衛隊や米軍が大変活躍しています。大規模災害等への対応は,防衛計画の大綱にも定められた自衛隊の重要な任務でもありますが,今回の震災では,「10万人態勢」で人命救助,行方不明者の捜索及び被災者支援等の諸活動にあたっており,これまでに約1万9千人を救出したほか,1万8千トン以上の給水支援,約190万食以上の給食支援等を行っています。
また,米軍は,自衛隊とも緊密な連絡をとりつつ,人員2万名以上,艦船約20隻,航空機約160機を投入し,福島第一原発に係る支援,捜索援助活動,人道支援物資の輸送・提供活動,仙台空港の復旧作業,港湾の瓦礫撤去等,大規模な活動(「トモダチ作戦」)を実施しています。
今回の震災を通じて,日米同盟の更なる深化が図られたと思います。
5 経済及びサプライ・チェーンへの影響と現状
今回の災害は経済にも大きく影響を与えました。東北や北関東地域を中心に大規模な資本ストックが喪失しました。16-25兆円規模の毀損額です。
東北・北関東地域には部品や素材のメーカーが多く立地し,震災により生産が一時的にストップしました。国内外のサプライ・チェーンへ影響が波及し,欧米やアジアの生産活動や貿易活動の一部に影響を及ぼしています。
しかし,津波の影響を受けた地域の鉱工業生産は日本全国の2%程度,西日本や中部日本の生産拠点は無傷です。また,被災地の生産活動は回復に向けて着実に動き出しています。
世界に対して,部品,素材や工業製品を提供することは日本の責務だと考えています。国内外のサプライ・チェーンへの影響が最小限となるよう,影響の大小,代替性の有無などをきめ細かく把握し,インフラ復旧,電力供給,金融分野等様々な支援策を早急に実施していきます。
6 安全性の担保
このような状況下では風評被害への対応も重要です。我が国は,住民の安全確保に十分意を用い,また,国際社会に対し引き続き最大限の透明性をもって迅速かつ正確な情報提供に努めていきます。
一部の国や地域において,放射線関連の検査等,規制を強化する措置等がとられていますが,例えば,食品安全においては,飲食物に関する基準値を設定し,摂取制限や出荷制限等の指示等,安全な食品の流通の確保に向けて取り組んでいます。
工業製品も厳重な品質管理下にあり,現時点で,日本の工業製品への放射線量は人体に影響を及ぼす水準にはありません。国際物流の拠点となる港湾や空港の安全性についても国際的に認められています。
現状を正確に伝達すべく,在京外交団や外国プレス,ビジネスマンにブリーフィングを行い,各地の放射線測定値についても正確な情報提供を行っています。風評被害を回避し,日本の経済活動の円滑な実施を確保するべく,引き続き迅速かつ正確な情報提供に努めていきます。ルーマニアにおいては,これまで概ね科学的データに基づいた冷静な対応がとられてきており,感謝申し上げます。今後とも,引き続き同じ対応をとって頂くようお願い申し上げます。
7 世界最先端の復興計画への世界企業参画の呼びかけ
今回の災害はまさに日本の危機です。しかし戦後の奇跡的な復興に見られるように,日本は困難な状況にあたっても,国民一人一人の力で国を築き上げてきました。
今後,長期的な視野で国民と共に「日本を改めて創る」という気持ちをもって,被災した地域の一日も早い復旧・復興,そして災害に強いまちづくりを進めたいと決意しています。
例えば津波に備え,山を削って高台に住居を置き,海岸沿いの漁港などまで通勤する,植物,バイオマスを使った地域暖房を完備したエコタウンをつくり,福祉都市としての性格を持たせるなどです。元の状態に戻すという復旧を超えて,素晴らしい東北を,素晴らしい日本を創っていく,そういう大きな夢を持った世界最先端の復興計画を進めて参りたいと思っています。
復興計画を目指していく上で,我が国のみならず,世界中の企業の知恵や技術を大いに活用させて頂きたいと思っています。ぜひ多くの関係者のご協力・ご参画が頂ければ幸いです。
最後に,今回の環境安全保障会議が実りある意見交換及び知識・経験の共有化の場となることをお祈り致します。
ご清聴ありがとうございました。
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